日本原価計算研究学会第25回全国大会       1999年10月1日・山口大学

報告要旨

 

原価企画と製品開発の生産性との関係:カメラ産業の実証研究

古賀健太郎(早稲田大学)       

経済学部C−201 16:30〜17:10

 

 本研究は、製品開発中の原価低減活動と、製品開発の生産性との関係を実証的に分析しています。特に、原価低減活動の内、「原価企画」に関わるものに焦点を当てています。また、製品開発の生産性を開発工数の多寡で計っています。この研究では、次の三つの原価企画の活動を取り上げています。

 

1.製造原価の頻繁な見積

2.コストテーブルの頻繁な参照

3.製品設計者と製造工程設計者との、密度が濃い接触

 

 これまでの研究では、これら原価企画の三つの活動を活発に実践すると、実際の製造原価は低くなることが、仮説として主張されてきました。例えば、製品開発中に製造原価を頻繁に見直せば、実際の製造原価は低くなると考えられていました。本研究と一緒に進めた別の研究(「製品開発における原価低減活動の効果の測定:カメラ産業の実証研究」)は、従来の仮説が概ね正しいことを実証しました。

 原価企画には、実際の製造原価の低減という「便益」がある一方、「費用」に相当する結果ももたらすと想像されます。具体的には、製造原価を低く押さえようとするあまり、多くの開発工数がかかってしまい、製品開発の生産性が低くなる恐れです。しかしながら、原価企画に伴うこうした「費用」が、現実のデータに基づいて実証されたことはありませんでした。本研究の目的は、原価企画の活動と開発工数との関係を、カメラ産業において検証することです。

 この研究は、コンパクトカメラの開発プロジェクトを調査しています。調査対象は、日本の主要なカメラ企業7社が1991年から1996年までに発売した35のコンパクトカメラの開発プロジェクトです。原価企画の三つの活動、及び開発工数についてのデータは、各カメラを担当した設計リーダーに対するアンケートから収集しました。尚、開発工数のデータについては、カメラの仕様、新規設計部品の比率、主要な四部品を設計したのがカメラ企業か部品業者か、を織り込んで調整しました。

 

 統計解析の結果、次の二点が明らかになりました。

 

1.製品設計者と製造工程設計者とが接触する密度が濃い程、開発工数は多いです。同時に別の研究は、密度が濃い接触は、実際の製造原価を低めることを確認しています。二つの結果の原因は、密度が濃い接触が知識創造プロセスを誘発することです。すなわち、密度が濃い接触で、製品設計における「作りにくい」個所が特定されます。「作りにくい」製品設計は、製造現場での組立の手間を増やしたり、加工の不具合を引き起こしたりして、実際の製造原価を高めてしまいます。こうした「作りにくい」個所を減らすために、製品設計者と製造工程設計者とは協力して製品設計を見直します。見直しに伴い、開発工数が増えますが、実際の製造原価は低くなります。製品設計者と製造工程設計者との接触の密度が薄いと、「作りにくい」製品設計の個所が放置されて、実際の製造原価が高くなります。

 

2.構想設計中のコストテーブルの参照が頻繁な程、開発工数が少ないです。これは、早めにコストテーブルを参照して、原価低減の方策を練っておくと、以後の製品開発が効率的になるからと考えられます。

 

 「1」の結果は、製品開発の実務に重要な意味を持ちます。製品設計者と製造工程設計者との密度が濃い接触は、実際の製造原価を低める利点がある反面、開発工数が多くなる欠点もあることです。したがって、それぞれの製品開発プロジェクトの性格を考慮して、プロジェクトの方針を立てることが求められます。例えば、原価が低い製品を開発することが重要なプロジェクトでは、開発工数が多くなっても、接触の密度を濃くすることが望ましいです。逆に、開発効率に重きを置くプロジェクトでは、製造原価が高くなっても、接触の密度を薄める必要があります。