日本原価計算研究学会第25回全国大会       1999年10月1日・山口大学

報告要旨

 

経営環境分析と原価情報の役立ち−日本・台湾の比較研究を通じて−

楊清渓(国立中興大学)

武井敦夫(東京情報大学)

経済学部C−202 15:45〜16:25

 

T.はじめに

 近年の激変する経営環境に対応して、現代企業は経営活動を展開している。そして経営環境の変化を把握することは、企業にとって欠くことのできない重要な活動となっている。こうした経営環境の把握と分析のために、企業は経営活動に役立つ情報システムを指向している。

 今回の報告では、こうした情報システムについて、日本と台湾を比較する事によって明確化したいと思う。特に今回は、経営環境に着目して原価情報の役割について検討する。経営環境が経営活動に与える影響を考慮して、日本と台湾のコンセプトの違いが原価情報に及ぼす影響について考察していく。

 

U.経営環境の変化と原価情報−経営環境の考え方−

 経営環境の相違は様々な面に影響を及ぼす。基本的には事業運営や経営方針などから始まって、日常の営業活動に至るまで種々の点で企業の活動を左右している。こうした影響は企業における原価情報の活用についても認められる。例えば、安定した経営環境では、企業は定常的な原価情報を活用する事で、経営活動を展開していく事ができる。しかしながら流動的な経営環境では、企業は様々な状況に対応するための原価情報を必要とし、営業支援や資金調達などの方策に結び付けていかなければならない。

 一般に経営環境は、ヒト・モノ・カネの3つに分類されて考慮されるが、この報告においてもこうした分類を基礎として考えてみる。この分類に沿って現在の経営環境の変化を考えてみると、ヒトについては有能な人材の確保が困難になっており、モノについては材料の安定的な獲得や設備の適切な入手が重要となっており、カネについては将来の資金計画の考慮や有利な資金調達方法の開発が求められている。こうした経営環境の変化において、会計情報や原価情報はどのように役立ちうるだろうか。

 まず人材の確保については給料などの待遇が考えられる。これらは、例えば退職金や年金などの原価情報として示される。次に、材料の獲得については価格変動のリスクをヘッジする先物取引などの原価情報として示される。また、設備の適切な入手はリース取引に代表される入手方法の多様化に関する原価情報として考慮される。さらに、資金計画については将来的なキャッシュフロー情報や転換社債などの資金調達方法の多様化に関する情報として提示される事になる。

 

V.日本と台湾の原価情報システム

 以上のような原価情報利用は、これを作成するための原価情報システムにも大きな影響を与えている。次に日本と台湾の原価情報システムの比較を通じて、経営環境が原価情報システムに与える影響について迫っていきたい。

 全般的な原価情報システムの相違について考えてみたい。一般に日本の原価情報システムは、独自に考えられたシステムに欧米のシステムへの対応を考慮して構築されている。この場合、基本的なシステムは日本独自の要求に適応する面が強く、そこから作成される原価情報も日本的な特色が強い情報となる。これに対して、台湾の原価情報システムは欧米のシステムを多く取り入れており、特にアメリカとの関係が強いためアメリカの原価情報の要求に良く適応した原価情報システムが取り入れられている。

 これまで日本の原価情報システムは、製造業における優れた原価管理などを背景にして、他の先進国に後れを取っていないと考えられてきた。しかしながら、欧米系の原価情報システム、特にアメリカの原価情報システムが、会計情報の分野における優位性を背景にして、世界標準(デファクト・スタンダート)になりつつある。こうした現在の経営環境の変化が、これまで後れを取っていないとされてきた日本の原価情報システムに影響を与えた。更に、こうした変化は、アメリカの原価情報システムを取り入れてきた台湾の原価情報システムをより有効なものとするように働いた。

 

W.経営環境の変化と原価情報のコンセプト

 このような経営環境の変化による原価情報システムに対する影響の相違は、どのような理由から来るのであろうか。これについては様々な考え方があるが、有力な考え方の一つとして、原価情報システムのコンセプトの相違があるように思われる。日本は経済規模が台湾と比較して大きく、高度経済成長などの成功体験が強かったために、これまでうまくいっていた原価情報システムを変えていく事に抵抗感が大きかった。つまり原価情報のコンセプトが安定性に傾斜しており、あまり柔軟ではなかったのである。

 これに対して台湾は、経済規模や国際的な立場の違いから、変化に対する柔軟性が高かったものと思われる。台湾も成功体験を持っているものの、経済環境や国際情勢の変化に対する対応が迅速であり、安定性ばかりを求めていなかったと考えられる。このような経営環境の変化に対する適応の速さと変化に対する柔軟性が、日本と台湾の原価情報に対する影響に違いを生じさせたと思われる。

 

X.おわりに

 今回の報告では、日本と台湾の原価情報の相違から、経営環境の変化が原価情報システムに与える影響について全般的に検討してみた。更に具体的な内容については、先に示した経営環境の視点に立って、退職年金、先物情報、リース取引、キャッシュフロー情報、転換社債などの比較検討から、日本と台湾の経営環境の比較研究を含めて追求していく必要がある。現在、原価情報システムとこれを支える経営環境について具体的に検討し、様々な影響要因について検討を進めている。