日本原価計算研究学会第25回全国大会       1999年10月1日・山口大学

報告要旨

 

管理会計における可制御性と可観測性:責任会計

中善宏(小樽商科大学)

経済学部B−201 16:30〜17:10

 

 管理会計におけるコントロールのための基本的なアプローチはフィードバック・コントロールである。それも多くの場合単一変数の帰環モデルである単純なサーモスタット温度調節器を例にして説明される。このモデルは、実際、予算管理あるいは原価管理に見られる会計情報処理の進行によく照応していて、また「原価差異の発生原因の探索とその是正措置は業務担当者の責任である」とする意見に表れているような財務的測定の次元で閉じたコントロールを予定している場合には理解しやすいよいモデルであるといえる。しかしながら、現在進行中の管理会計の新たな展開は、この狭い意味での会計的測定の限られた領域から抜け出して、その基礎にある諸要因についてもそのフォーマルな情報システムの中に包摂しようとしている。たとえば、活動基準原価管理では、「原価に責任を持つ管理者は、原価を管理しようと努力する。しかし、原価は管理できないのであって、管理できるのは活動である」とする意見に見られるように、原価は事象の写像にすぎないことを強調して、原価管理の焦点をその発生原因としての活動に求める。このように会計測定の対象を広げて、原価発生の源泉に遡って事象の因果的関連をも含んだ情報を提供しようとするときには、これまでの単純なフィードバック・モデルは、管理会計の参照モデルとして不充分なものとなる。

 

 現在の管理会計にとって、そこでの議論の枠組みを提供するためには、新たなコントロール・モデルが必要であるように思われる。そのようなモデルとして挙げうるのは、現代制御理論による「状態空間モデル(state・space model)」である。このモデルは、制御対象の内部にある諸要因とそれらの間の関係をそれ自身の中に写像している。すなわち、それは、制御対象の行動を規定するいくつかの変数(状態変数)を記述し、それらの変数に対する制御主体の働きかけ(インプット)と結果としての制御対象からのアウトプットとを関連付ける方程式(状態方程式)を定義する多変量モデルである。その際、可制御性と可観測性とが区別される。前者は、インプットと状態変数の関連属性であり、後者は、状態変数とアウトプットとの関連属性である。

 

可制御性(controllability):制御変数(インプット)を調整して、一定時間内に、あるシステムをある状態から他の状態へ任意に移行させることができるならば、そのシステムは完全に可制御である。

 

可観測性(observability):ある一定期間に渡るあるシステムからのアウトプットの測定によって、そのシステムの状態が完全に識別できる情報が得られるときには、そのシステムは完全に可観測である。

 

 コントロールは、制御対象への働きかけとその結果の測定によって実現される。可制御性は、会計的管理においては、管理活動の具体的な遂行の場に対応し、後者の可観測性は会計的測定の場に対応している。

 

 この発表の目的は、現代制御理論のこのモデルを管理会計の場に適用して、そこでの議論をその枠組みの中で試論として整理しようとするところにある。その焦点は責任会計にある。まず最初に、管理者の知覚情報に基づいて、現実の管理行動の中で予算業績を規定する原因変数を分類する。次いで責任の知覚と管理可能性原則との関連を分析する。さらに、会計測定との関連においては、最近の活動基準原価計算による可観測性の促進について触れ、最後に管理行動と会計測定の相互作用について議論する予定である。